「誰に身体を任せるのか」は、治療院を選ぶうえで大切なことだと思います。ひびきが丘鍼治療院の院長・境田涼平は、はり師・きゅう師・あん摩マッサージ指圧師の3つの国家資格を持ち、整動協会で学んだ整動鍼という手技を用いて施術を行っています。スポーツトレーナーとしての経験を経て治療家になり、治療に携わって10年以上、完全自費だからこそできる、お一人おひとりの身体に合わせたオーダーメイドの施術を行っています。どのような思いでこの仕事に向き合ってきたのか、これまでの歩みをご紹介します。
プロフィール
はじめまして。私は、1992年に神奈川県西部で生まれ育ちました。
山梨県には、現在の甲斐市(旧敷島町)に祖父母が住んでいて子供の頃からよく訪れていたので、幼少期の頃からの思い出があります。
特に、近くにあった赤坂台公園がとても広くて、思いっきり遊んだり走り回れるのが嬉しくて、よく父親や祖父、弟と遊びに行っていたことを覚えています。
もともとスポーツトレーナーとして仕事をしていた私が治療家になり、開業に至った経緯をお話します。
治療院開業までの経緯
高校時代は、野球に打ち込んでいました。
過度な練習で肩を壊したり、肉離れを起こしたりでケガと隣り合わせで、どこも痛くないでプレーしていた時期はほとんどなかったです。
大事な試合の直前で肉離れを起こし、その後も思うように力が出せず、非常に悔しい経験をしました。
痛みを抱えてプレーしたり、何度か再発して渋々離脱することもあったりで、なんでなんだろうなと思い、不安と怒りが混ざったような感覚だったことを覚えています。
当時は当然ですが自分に医学的な知識はなく、今ほどトレーニング理論なども一般に浸透していない、病院に行ってもレントゲンで異常なし、休めとしか言われない状態でした。
当時、根性論に頼らない正しい休み方や、リハビリやトレーニングの知識などを自分で分かっているか、もし近くに教えてくれる人がいたら違っていただろうなと思います。
ただ休んでも根本的な原因は解決していないので、しばらくやればまた痛める。今考えれば当然ですが、当時はそれが分からず悔しくて、苦しみました。
このような状態で過ごす中、将来はケガに悩む人の力になれたらいいなと思うようになっていきました。
その後スポーツトレーナーという仕事を知り、その道に進むことに決めました。
2年間専門学校に通ってトレーナーの勉強をして、その後山梨にある会社でトレーナーの派遣をしているということで、単身引っ越して入社し、ヴァンフォーレ甲府のJrユース(中学生)のトレーナーの仕事をさせてもらうことになりました。
(まだ治療家の仕事は正直に言うと細かいことはほとんど知らず、興味もなかったです)
トレーナーのスポーツ現場での仕事は刺激に満ちていて、非常に勉強になり、貴重な経験でした。この時の経験と知識は、その後の治療にとても活かされています。
治療に興味を持ったきっかけ
もともと高校時代に地元で一か所だけ鍼灸院があり、鍼治療を受けた経験はありました。
しかし、治療に興味を持ったのはトレーナーの仕事をするようになってからです。
トレーナーの仕事は時間が限られるので、それ以外の時間は接骨院でほかの治療家の先生と同じように治療をしていました。
その時に患者さんに触れ、治療で悩みを解決するという方法もあることを知りました。
当時は治療の専門的なことは勉強したこともなく、資格もなかったのですが、治療院でも目の前の患者さんの悩みをどうにか解決できるようにしたいと思うようになりました。
治療家を目指したきっかけ
トレーナーの仕事の傍ら治療院で仕事をする中で、知識も実力もないながらにどうしても違和感を感じていたことがありました。
運動の指導や、競技復帰のためのリハビリでは、全身を見ながらケガを起こしたり再発させたりしないような体の使い方などを身につけていきます。
しかし、当時治療院でやっていたことといえば、つらいと言っているところをマッサージして、翌日来院されたときに調子を聞いても毎回同じことを言われ、同じ施術、同じやり取りを繰り返す。これが毎日続いていました。
これを治療と言っていいのか?
と、思うようになりました。
本来であれば、一度ですべてが解決するわけではなくても、少しずつ症状や身体自体が変わっていって、わざわざ治療に来るようになったような悩みの解決を目指していく。
これが治療の目的で、治療家の仕事ではないかと感じました。
そして、治療に対しての思いが徐々に強くなり、自分は治療をするならしっかり患者さんの悩みを解決していきたい。ちゃんと向き合える人になりたいと思うようになりました。
まずは治療の免許を取って勉強しようと思い、仕事をやめてもう一度神奈川に戻り、鍼灸師の免許を取ることにしました。
治療の面白さを知る
アルバイトをしながら貧乏生活をする中、資格を取るためにほとんどアルバイトと勉強を繰り返す毎日を送り、無事資格を取ることができました。
その後は神奈川県の治療院に就職して、整骨院とトレーニングジムの新規店舗のオープンに関わりながら、治療家としての腕を磨くため修行をして、山梨の整骨院に転職して開業の準備をしていました。
はじめは学校で教わった通りにうまくいくことはほとんどなく、帰って本を開いてうまくいかなかった所を調べたり、先輩の身体を借りて治療の練習をしたりと試行錯誤の繰り返しでしたが、徐々に自分で組み立てた治療で患者さんがよくなっていき、結果が出ることで治療が楽しくなってきました。
特に嬉しかったのは、ある患者さんが腰痛と足のしびれが強く、家族に送迎してもらって来ている状態から始まったのですが、地道に治療を重ねた結果、痛みやしびれがなくなり、本気でやめようかと悩んでいた仕事を続けられ、その後新しく趣味でサーフィンを始めて毎週末海に行くのが楽しみなんだと話してくれた時のことです。
このことは、いつも悩んだときに思い出して、もっと頑張ろうと思わせてくれる出来事になっています。
開業への思いと自費治療のこだわり
勤めていて、治療をするためにどうしても制約があることがありました。
健康保険を使って治療をする際には、法律的にどうしても決められた傷病名に沿って、そこを治療する必要があります。しかし実際には、悪いところ、原因になっているところは他にあり、こっちを治療したいのに!と思うことがありました。
本当に治療する必要のある部分に集中して改善を目指すには、健康保険の対象外である所への施術が必要になることが非常に多いです。
治療の方法や考え方は勉強すればするほど多岐にわたり、しっかり対応できるようになるまでには勉強も練習も長い期間必要になります。
決められたマニュアル通りの治療よりも、一人一人の状態に合わせられるようにしていく必要があります。
完全自費の治療で、一人一人の身体にじっくりと向き合い、悩みの改善のために規制や方法に縛られずに治療をして、最速で悩みの解決につなげたい。
治療家としての仕事を全うするためには、自分で開業してレベルアップし続け、技術と知識を提供し続けるのが一番という結論に至り、開業することになりました。
治療と関わるようになって10年以上経ちますが、その中で尊敬できる先生や、勉強させてくれた患者さんなど、たくさんの素晴らしい方々に出会いました。
自分もそういった方々を見習い、今後も知識、技術を磨き続け、地域の皆様の健康に貢献できるように精進していきます。
整動鍼(せいどうしん)というアプローチについて
当院では、整動協会で学んだ「整動鍼(せいどうしん)」という手技を用いています。これは、筋肉と関節の動きがかみ合った状態をつくり、身体全体の動きを整えていく施術です。
整動鍼の特徴は、つらい場所そのものに鍼をするのではなく、その不調と関連する離れた部分のツボを狙っていくところにあります。身体はすべてつながって動いているため、痛みが出ている場所と原因の場所が違うことが少なくないからです。
また、鍼の本数は最小限にこだわっています。一つの症状に対して、おおよそ1〜4本程度。全身にたくさんの鍼を打つことはありませんので、鍼が初めての方や、本数が多いことに不安を感じる方もどうぞご安心ください。
私たちが目指すのは、単にその場で痛みが和らぐことだけではありません。全身が軽く、ブレなく動き、「不安なく思い切り動ける」と思える状態。イメージした通りに身体を動かせる感覚を取り戻していただくことを大切にしています。
ひびきが丘鍼治療院
院長 境田 涼平
